東京地方裁判所 昭和25年(ヨ)1702号 決定
申請人 浅田アイ子 外一名
被申請人 大和毛織株式会社
一、主 文
申請人等の本件申請を却下する。
二、理 由
本件当事者双方の提出した疎明方法により一応認められる事実関係に基く本裁判理由の要旨を次に掲げる。
一、申請の趣旨「被申請人が昭和二十五年五月二十四日申請人等に対してなした懲戒解雇の意思表示の効力はこれを停止する」
二、当事者間に争のない事実
(一) 申請人両名はいずれも昭和二十四年十一月七日臨時工として被申請人会社(以下会社と略称)に雇われたが、同年十二月二十五日本工に採用せられ、同日以後会社従業員を以て組織する大和毛織労働組合の組合員となつた。
(二) しかるに
(1) 申請人浅田アイ子は、右入社前、昭和十一年十二月十四日より同二十四年五月三十一日企業整備により退職するまでの間、日本電気株式会社三田工場に勤務していた職歴を有するにかかわらず、入社に際し右職歴をことさらに秘して、右職歴期間中家事及家事手伝をなしていた旨虚偽の記載ある履歴書を提出し、
(2) 申請人浅田和子は、昭和二十一年二月十三日より同二十四年五月三十一日企業整備により退職するまでの間、同じく日本電気株式会社三田工場に勤務していた職歴を有するにかかわらず、入社に際し右職歴をことさらに秘して、右職歴期間中千葉県安房郡岩井町小沢海産物加工所において手伝をなしていた旨虚偽の記載ある履歴書を提出して、
夫々会社に採用せられたものである。
(三) 会社は、申請人等の右行為は同社就業規則第六十六条第五号(前歴詐称)所定の懲戒事由に該当するものとして、昭和二十五年五月二十四日申請人両名を懲戒解雇に処する旨の意思表示をなした。
三、当裁判所の判断
申請人等は右職歴詐称の事実は、就業規則所定の懲戒事由に至らない軽微のものであるから、本件懲戒解雇は就業規則の適用を誤つたものとして無効である。更に本件解雇は労働組合法第七条第一号違反としても無効であると主張するので以下この点について判断する。
第一 就業規則適用の当否
(一) 就業規則第六十六条は「重要な経歴を詐りその他詐術を用いて雇入れられたとき」(第五号)は懲戒解雇に処する旨を規定しているが、この規定の適用の当否を判断するに当つては、まず前歴詐称なる行為が一般に企業秩序の上にいかなる作用を及ぼすかの問題を考えてみる必要がある。
(二) 凡そ近代的企業にあつては、使用者が労働者を雇入れるについてはその労働力を企業内における労務の配置、構成、管理等一定の経営秩序の中に有機的継続的に組織づけなければならないのであつて、かく企業が一つの秩序を前提とする組織体である以上企業体内に雇入れられた労働者に対し組織的規制を要するは勿論、更に進んで労働者がこの組織体に入る際既にこれが公正な仕方でなさるべきことが要請せられ、労働者が何等かの詐術を用いて企業に入り込むこと自体を先ず以て排除しなければ経営秩序の完全なる維持は望みえないといわねばならない。
かく解するならば、使用者が労働者を雇入れるに際し、労働者の経歴詐称その他の詐術によつて、使用者がその労働力の価値判断を誤まり、その結果雇入後における労働力の組織づけに支障を来たし何等かの具体的損害の発生をみたか否かは必ずしも重要ではない。従つて、この場合使用者は具体的損害の発生をまつまでもなく、かかる損害発生の危険いわば抽象的危険の発生に対し制裁を課しうるは勿論、更に進んで経歴詐称等の詐術を用いて雇入れられたこと自体を制裁の対象とするに何等の妨げなきものといわねばならない。この理は必ずしも企業体に関するだけでなく、一定の組織を有する団体において、何等かの詐術によつてその構成員となつた者が後日それが発覚した場合にその構成員たる資格を否定せられることがあるのと異ならない。
(三) 以上考察した結果によれば「重要な経歴を詐り……」が如何なる程度の事由を予定するかは結局その詐術の結果、経営秩序に与えた具体的損害発生の有無、或はその抽象的危険の有無等の考慮とは無関係に、詐術自体の軽重によつて決定せられるに十分である。今経歴詐称についていえば、詐称せられた職歴の長短、その職歴が当該労働者の前歴中において占める重要性の有無、詐称が故意によるか否か、詐称の態様等によつて決定せられるものといいうる。しかして経営秩序侵害への抽象的もしくは具体的危険が発生した場合にはただその情一層重きを加えるというに過ぎない。
(四) そこで進んで申請人等の前示経歴詐称が果して右の懲戒事由に該当するや否やを考察する。
(1) 申請人等が入社に際して秘匿した前歴は前記の如く申請人浅田アイ子については約十三年の職歴同浅田和子については三年余の職歴、並びに各企業整備による退職で、いずれも相当長期に亙るものであり、且つ同人等の前歴中唯一のものであるのみならず、同人等がこれを故意に秘匿し、これに代えて夫々家事手伝等虚偽の記載をなしたものであるからこの点において既に本件懲戒事由に該当するというを妨げない。
(2) ただ申請人等は臨時工として採用せられたものであり、一般に臨時工の採用については前歴が重視せられないのが常であるが、本件会社にあつては、臨時工は概ね本工採用の前提であり、臨時工と本工との間に採用方針につき別段の差異があるものとは認められないから、申請人等が臨時工として採用せられたものなるがゆえに、その前歴詐称を問題視することは不当であるとはいいえない。
されば会社が申請人等に対してなした本件懲戒解雇の処置は正当である。
二 不当労働行為の成否
不当解雇の成否は、使用者の被解雇者に対する差別待遇意思が解雇の決定的動機であつたか否かによつて決定せられるものであるが、今本件についてこれをみるに、申請人等が組合員となつたのは前記の如く昭和二十四年十二月二十五日であり、爾来組合幹部の地位についたこともなく又特段の組合活動をなしたものとも認められない。もつとも申請人等は(イ)昭和二十五年三月四日職場大会を組織して職制に要求を提出し、(ロ)同月二十五日組合の上部団体たる全国纎維産業労働組合関東総けつき大会への参加を呼びかけ、更に(ハ)同年五月一日のメーデーへの参加を呼びかけて、これらの行動を通じ、組合員の間に画期的組合活動を招来せしめたと主張するが、(イ)についてはいわば職場における懇談会を利用した苦情申立の域を脱せず、又(ロ)(ハ)についても申請人等がこれらの行動への積極的支援の意思を表明したことは窺われるがこれらにつき申請人等が主導的役割を演じたものとは認め難く、従つて右申請人等の組合活動が特に会社の注視を受けていた活溌なる組合活動なりとの疎明は未だ不十分である。しからば本件懲戒解雇については、会社の申請人等に対する差別待遇意思が決定的であつたとは到底いいえないから不当労働行為は成立しえない。
四 結論
以上考察したところによれば本件懲戒解雇の有効たることは明らかであるから、その無効を前提とする本件仮処分申請は失当として却下を免れない。よつて主文の通り決定する。
(裁判官 古山宏 中島一郎 斎藤平伍)